大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 平成4年(ネ)467号 判決

控訴人

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

薬師寺典夫

佐藤正彦

伊藤恒幸

被控訴人

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

飯原一乗

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の申立て

一  原判決を取り消す。

二  本件を仙台地方裁判所に差し戻す。

第二  事案の概要

本件は、控訴人が、亡一郎と被控訴人間の婚姻の無効確認を求めた事案であり、控訴人は、昭和六一年七月二六日なされた亡甲野一郎と被控訴人間の婚姻の届出は、当時、一郎は、総胆管癌の末期的状態にあって意思能力を喪失しており、婚姻意思が全くなかったのに、被控訴人が婚姻届出書を偽造してなしたものであると主張する。

一  前提事実(乙一ないし四号証、七号証の一、八号証及び弁論の全趣旨)

1  一郎と被控訴人は、昭和二四年九月一四日婚姻した。

2  一郎と被控訴人との間には、五人の子がある。

3  控訴人は、一郎と乙川春子との間に生まれ、昭和二六年九月五日、一郎から認知されるとともに同人及び被控訴人の養子になったが、被控訴人とは、一郎の死後、平成元年八月四日に離縁した。

4  一郎と被控訴人は、昭和六〇年二月一四日協議離婚した。

5  その後、一郎は、乙川春子と生活を共にし、昭和六一年二月入院後は、その看護を受けていたが、乙川春子は、昭和六一年六月ころ一郎のもとを去った。

6  戸籍には、昭和六一年七月二六日一郎と被控訴人が婚姻届出をした旨の記載がある。

7  一郎は、昭和六一年七月三〇日死亡した。

8  控訴人は、昭和六二年一月三〇日仙台家庭裁判所に、被控訴人及び同人と亡一郎間の子ら五名を相手方として、亡一郎の遺産分割調停の申立てをしたが、右事件は審判手続に移行され、再び調停手続に付されたのち、平成元年八月四日、遺産分割の調停が成立した。

9  右審判手続中、被控訴人を含む相手方の代理人(弁護士)が出頭していた平成元年一月三〇日の審判期日において、申立人である控訴人の代理人ら(弁護士)が「申立人は、相手方甲野花子と亡甲野一郎との婚姻無効の調停ないし審判の申立てをしないこととした。」との申述書を陳述するとともに、控訴人自身も申立人として「裁判による身分関係の否定はせず、私の相続分を一二分の一として手続を進めて欲しい。」旨言明したので(以下、これらの申述を「本件申述」という。)、右申述を前提として、前記8のとおり、事件は、再度の調停に付され、調停の成立をみるに至った。

二  争点

1  婚姻当時者以外の者である控訴人が、亡一郎と被控訴人の間の本件婚姻無効の訴えにつき訴えの利益を有するか否か。

2  本件申述の存在が本訴の適法性に影響を与えるか否か。

この点に関する被控訴人の主張は、次のとおりである。

遺産分割の審判手続で、相続権の存否について審理判断できることや本件申述が審判廷で行われたことに鑑みると、本件申述を請求の放棄、訴訟上の和解に準ずるものと考えることもできるし、本件訴訟内でなされていないことからいえば、訴訟外における不起訴の合意と同視することもできる。また、本件申述があるにもかかわらず本訴のような訴えを提起することは、禁反言の原則から許されないということも可能である。いずれにせよ、控訴人の本訴提起は許されず、却下を免れない。

3  本件婚姻は無効か否か。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

婚姻無効確認の訴えは、婚姻当事者以外の第三者もその利益がある限りこれを提起することができるが、第三者の提起する婚姻無効確認の訴えは、婚姻が無効であることによりその者が自己の身分関係に関する地位に直接影響を受けないときは、訴えの利益を欠くものと解するのが相当である(第三者の提起する養子縁組無効の訴えの利益に関するものではあるが、最高裁昭和六三年三月一日第三小法廷判決・民集四二巻三号一五七頁参照)。

これを本件についてみると、控訴人は、亡一郎の養子として、養親である同人の嫡出子たる身分を有しており、亡一郎の相続人であるところ、本件婚姻が無効であると、被控訴人は、亡一郎の相続人でないことになるから、控訴人の相続人たる身分的地位に基づく法定相続分は、多くなる。また、控訴人は、亡一郎と被控訴人の婚姻が有効である限り、被控訴人とは姻族一親等の身分関係を有し、民法八七七条二項に基づき、家庭裁判所によって、被控訴人の扶養を命ぜられることが有り得る地位にあるが、この身分的地位は、本件婚姻が無効であると、失われることになる。そうすると、控訴人は、本件婚姻が無効であることにより、自己の身分関係に関する地位に直接影響を受けるものというべきである。したがって、この限りでは、控訴人は、本件婚姻無効確認の訴えにつき、訴えの利益を有するものである(最高裁昭和三四年七月三日第二小法廷判決・民集一三巻七号九〇五頁参照)。

二  争点2について

前記第二の一8及び9のとおり、本件申述を前提として遺産分割の調停が成立した経緯によれば、控訴人(同人が本件婚姻無効確認の訴えにつき、当事者適格を有していたことは、右に説示のとおりである。)と被控訴人との間で、本件婚姻につき無効確認の訴えを起こさないという不起訴の合意が成立していたものと認めるのが相当である。ところで、人事訴訟では、処分権主義が制限されているが、婚姻関係事件については、婚姻維持のため片面的に職権探知がなされるのであり、(人事訴訟手続法一四条)、請求の認諾は許されないけれども(同法一〇条一項)、婚姻無効の請求を放棄することは許されると解すべきであるから、同様婚姻維持の結果を招来する右不起訴の合意は、有効である。したがって、本件婚姻無効確認の訴えにつき、控訴人は、権利保護の利益を喪失したものであり、本件訴えは、却下を免れないというべきである。

第四  結論

以上の次第で、控訴人の本訴を却下した原判決は、結論において相当であるから、本件控訴を失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤邦夫 裁判官 小野貞夫 裁判官 小島浩)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例